スウェーデン映画 『太陽の誘い』

失意の女性を救った不器用な男の愛と祖国スウェーデンのきらめく夏

監督・脚本 : コリン・ナトリー
出演 : ロルフ・ラスゴー、ヘレーナ・ペリストレム
スウェーデン映画 : 118分
写真提供 : アルシネテラン


誰しも、生きていて自らのアイデンティティに揺らぎを覚えることは一度や二度ではないと思う。自分が足下から消え入ってしまいそうな不安を覚えるのだ。そんな自分を早く取り戻すための特効薬は、立ち止まり、少し休んで自分の心の動きと足下をしばしの間見つめることだと思う。そしてできることなら惨めになっている自分よく理解してくれて、そっと見守ってくれる「愛」があれば、独立心をとり戻すのにそう時間はかからないだろう。

「太陽の誘い」は1950年代の夏のスウェーデンを舞台に、失意の渦中にいる中年女性と女性経験が全くない木訥な男が出会い新しい人生に踏み出すまでを描いた恋愛映画の佳作である。

貧しく、アメリカへ向かう人が絶えなかった1950年代のスウェーデン。過疎の村で馬の育成で生計を立てながら暮らすオロフは、40歳。独身である。母を亡くして以来一人暮らしをしてきたが、寂しさに耐えかねて伴侶を探す決心をする。しかしド田舎に適当な女性がいるはずもなく、新聞に恋人募集の広告を出す。「当方、独り身の三九歳、農夫。高級車あります。家政婦として私を手伝ってくれませんか」。

オロフには友達がいた。お調子者のエリック。20代後半のアメリカ帰りの男である。アメリカン・ドリームを夢見て、一度はスウェーデンを捨てたものの、成功せずド田舎でくすぶっている。オロフが字を読めないことや人の好さににつけ込み、買い物などの世話を焼く振りをしてはオロフの金をチョロまかしている。競馬馬の購入資金をオロフに出させオーナーになって一山当てようしているが上手くいかず、オロフに返済を迫られてる。 恋人募集には二通の応募があった。その一通が、エレン・リントという女性だった。同封された写真で見る限り、おおよそ田舎暮らしの似合わない、かなりの美人だ。オロフは半信半疑だったが、新聞社の募集欄担当の女性の薦めもあってエレンを「家政婦」に雇おうことを決める。

実際会ってみると、エレンは思った以上のエレガンスで、かつよく働く。しかしどこかしら陰がある。エレンの一目惚れしたオロフは、彼女の素性についてはいっさい聞かずに家に招き入れる。自分が文盲であることだけは、隠して。

エレンの仕事ぶりは非の打ち所がなかった。その上成熟した女性の魅力を振りまく。女性の香りがオロフの家に初めて満ちあふれる。その香りに圧倒され、しばしばオロフは眠れない夜を過ごす。女性とどう話していいかもわからないオロフのエレンへの接し方はどこまでもぎこちない。しかしエレンは、社交下手なオロフをよく理解した。スウェーデンの夏の太陽の下で、二人は激しく引かれあってゆくのだった。

二人が肉体の通じての愛情交歓をはじめるのにさして時間はかからなかった。男は40年間たまった愛情のエネルギーを全て放出するかのように、女は何かを忘れようとするかのように互いの体を、所構わず、貪りあった。情交を重ねるたびに愛は深まり、男は自信を取り戻し女は本来の笑顔を取り戻して行く。

面白くないのはエリックである。しっかりものの「家政婦」が来たことで金蔓を絶たれ、エレンにまでオロフへの返済が滞ってこっていることをたしなめられてしまった。追いつめられたエリックは卑劣な反撃に出る。エレンの過去を調べ上げ、彼女にはれっきとした夫がいることを突き止め、それをネタにエレンを脅すのである。

隠し事を暴露されてしまったエレンは、すぐさま置き手紙をしてオロフの家を出る。エリックはエレンの置き手紙をオロフに読み聞かせるが、「エリックが返済した馬の代金を私は盗んだ」と書いてある、とウソをいう。それを聞いたオロフはエリックに言う。「字は読めないが、オレはバカじゃない」、と。自分のウソがばれたと悟ったエリックは、突如として「アメリカに行く」といいだし、村を去る。夏が去り、オロフに孤独な日常が戻った。

秋が過ぎ冬になった頃、オロフが馬の世話を終えて家路を歩いていると、高級な車から降りた、やややつれたエレンが立っていた。

オロフは胸にいつもしまってあった、エレンの置き手紙を差し出す。
「最後になんてかいているか読んでくれ」
「あなたを永遠に愛しています」

中年の男女があやふやな気持ち抱きながらも、愛する対象に近づきそして真実の愛を獲得し、実人生への自信を取り戻してゆくまでが、美しい自然を背景に語られている。心に残る映画だ。役者が驚くほど上手くて、緊張感があって目が離せない。「手紙」が効果的に使われているストーリー展開が実にいい。

ところで登場を人物をよく監察すると、この映画は単なる恋愛映画にとどまっていないことがわかる。1950年代のスウェーデンというのは貧しくて、アメリカでの生活と成功を夢見て、祖国を出る人があとを立たなかった。だから映画に登場するエリックもエレンも、アメリカに渡ったスウェーデン人の一人だったに違いない。そしてエリックはアメリカ文化ににスポイルされ、もはやスウェーデン人としての立ち振る舞いができなくなっている。50年代アメリカのビジネスマンが北欧にやってきて、ヨーロッパの田舎者である北欧人をよくだましたときく。エリックはアメリカ文化のシンボルであり、またスウェーデン魂を忘れたスウェーデン人として描かれている。

エレンもアメリカに渡り、かなりの成功を収めたものの、アメリカ暮らしが水に合わず着の身着のまま夫と別れてスウェーデンのど田舎にやってきた、というところだろう。自分を見失った状況にだった。彼女はど田舎でスウェーデン人の典型のような男、オロフに出会う。そして自分がまぎれもないスウェーデン人であることを強く再確認し、オロフとの交流を通じて再生して行くのである。

当時アメリカは、経済力にものを言わせて我が世の春を謳歌していた。反対にヨーロッパの片田舎、スウェーデンは経済力も乏しく国の行く末は見えず、自信をなくし掛けていた。
「自分に自信がないのね」エレンが何度かかオロフに向かっていうセリフは、当時のスウェーデンの事をいっているのだ。

20年以上手入れをしていない雨漏りの納屋で、エレンがオロフをあれほど激しく求めたのは、アメリカ暮らしでアイデンティティ失いかけていたエレンが、「自分の居場所はここだ」と確信したに他ならない。違和感なく田舎暮らしにとけ込んだところを見ると、彼女も実は農民の出であったのかもしれない。そして一度はオロフにもとを離れたものの、身も心もスウェーデン人に戻ったエレンは、人生の苦難を味わって男になったオロフのもとに戻ってくる。

ラストシーンでエレンが口にする「あなたを永遠に愛する」という言葉は、失意の底から自分を救ってくれたオロフ、そして祖国「スウェーデン」への永遠の愛の誓いだったのだ。「太陽の誘い」は上質の恋愛映画であると同時に、スウェーデンとスウェーデン人に対するオマージュなのである。

(遙 ゆう)