第2回「アラディンはデンマーク人」 

14歳にして俳優を志して故郷を出たアンデルセンは、181996日に「私の世界都市(min Verdens Stad)」コペンハーゲンの西門をくぐりました。ローカルな牧歌的世界から抜け出て近代ヨーロッパの玄関口に立ったこの少年の目に、ただならぬ光景が飛び込んできます。街じゅうにあふれた群衆が、ユダヤ人の営む商店を破壊する、騒然たる有り様。「ユダヤ闘争(Jødefejden)」と呼ばれる排他的運動が高潮していた頃で、アンデルセン到着の前晩にも暴動が起こったばかりでした。1807年の英国海軍によるコペンハーゲン砲撃、1813年の国家破産宣言、翌年のノルウェーの独立といった国家威信の後退の原因をユダヤ人に求める風潮が根強く広がっていたのです。

暴徒が発する「Hep! Hep!」という喚声はドイツ諸地域のユダヤ人迫害騒擾で用いられた掛け声で、ハンブルクを経てデンマークに伝播したころには、もはや意味のわからぬまま模倣されていたということです。故郷オーゼンセと同じく、ここでも外部世界の他者に敵愾心を露わにする人々の姿がありました。

ここでさらに時代を遡りますと、18世紀のデンマークの政治・文化は、国王侍医から摂政に上った啓蒙主義者ヨハン・フリードリヒ・ストルーウンセ(Johann Friedrich Struensee 1737-1772)や詩人クロプシュトック(Friedrich Gottlieb Klopstock 1724- 1803)といったドイツ語圏出身者が主導的な位置を占めていました。ところが、ストルーウンセが保守的なデンマーク貴族の憎悪を買って八つ裂きの刑に処されたことを境に、デンマークでは外来思想への警戒と排外感情が一挙に高まります。

とはいえ、18世紀後半のデンマークにおけるドイツ人サークルが、この周縁世界で啓蒙と古典主義の展開に決定的な推進力を与えたことは間違いありません。クロプシュトックの影響下に出発したヨハネス・イーヴァル(Johannes Ewald 1743-1781)は、北欧の古伝承に取材した詩劇『バルドルの詩Balders Død』や(1775年)『漁夫たちFiskerne』(1779年)のほか王室歌「クリスチャン王は高きマストのそばに立つKong Christian stod ved højen Mast」(1779年)の原詩を書き、次代の国民ロマン主義の基礎を築きました。またイェンス・バゲセン(Jens Baggesen 1764-1826)は旅行記『迷路Labyrinten』(1794年)で、フランス革命期のヨーロッパの動揺を背景にドイツ系文人との交流を鮮やかに描いています。

このような言語越境的な文化状況の爛熟期に生まれながら、19世紀に入って決定的な転換をもたらした詩人が、エーダム・ゴトロープ・ウーレンスレーヤ(図1:Adam Gottlob Oehlenschläger 1779-1850)でした。コペンハーゲン西郊のフレゼリクスベア城近くの門のそばに生まれた彼は、オルガン奏者の父の庇護者であったドイツ系貴族アダム・ゴットロープ・モルトケ伯爵に因んで命名されました。コペンハーゲンの内と外、デンマークとドイツの境界に生きる彼は、同じく文化的な中間領域に立つアンデルセンに、多大な影響を及ぼすのです。

ウーレンスレーヤが詩人として開眼したのは1802年のこと。当時、イェーナで学んだノルウェー人自然哲学学者ヘンリック・ステッフェンス(Henrich Steffens 1773-1845)が、コペンハーゲンのイーラス高等学校で授業を行ないました。教場にはウーレンスレーヤのほか、ステッフェンスの従弟でのちに国民高等学校運動を起こすN・F・S・グロントヴィ(Nicolai Frederik Severin Gruntvig 1783-1872)や、ヘーゲル批判の先駆者として後年キェルケゴールを導くF・C・シバーン(Frederik Christian Sibbern 1785-1872)の姿もありました。19世紀デンマークの文学・科学・思想に巨大な足跡を残すことになる若者が、この授業で机を並べていたのです。デンマーク文学史における古典主義とロマン主義の全盛期、いわゆる「黄金時代(Guldalderen)」はここに始まりました。

哲学方面への苦手意識を自覚するウーレンスレーヤでしたが、ステッフェンスとは不思議と馬があったようです。午前11時にステッフェンスの仮寓先で話し込んでから、深夜3時まで文学や芸術について談論を続けることもありました。ときにはリヒターなる商人のもとでビーフステーキとワインのご馳走にあずかり、フレゼリクスベア庭園から南のスナマーケン公園(Søndermarken)を抜けてコペンハーゲン本市のステッフェンス宅まで散策することもあったといいます。

文字どおり明けても暮れてもステッフェンスとともに濃密な議論を積み重ねたウーレンスレーヤは、詩「黄金の角杯Guldhornene」(1802年)で資質を開花させます。コペンハーゲンの博物館から盗み出された古代の角杯は、キリスト教改宗以前の土俗文化の象徴であるとともに、「自然」と詩の有機的な結びつきを追求するウーレンスレーヤ自身の文学的抱負を仮託したモティーフでもあります。消失した角杯があどけない農村の少女の手で掘り起こされる様子を生き生きと歌いあげたこの詩は、18世紀にドイツ語圏からもちこまれた理性主義の影響を脱して人間本性(Natur)への回帰を訴える作品として受け止められました。理性に偏重して純粋なポエジーを置き去りにした先行世代への反発は、いつしかドイツ文化への忌避感情へと結びつきました。ウーレンスレーヤ自身はドイツの初期ロマン派文学の影響下に出発し、ドイツ語圏での成功を望んでいたようですが、同時代のデンマーク・ナショナリストたちは北欧の言語文化の特殊性を宣揚するアイコンとしてウーレンスレーヤを利用し、ドイツ諸邦に対する領土的主張を尖鋭化させていくのです。このようにスカンディナヴィア民族精神への回帰と子どもの純真性を理想化し、そこに国民的規範を求める国民ロマン主義の潮流に、後年のアンデルセン童話も同調することになるのです。

ステッフェンスの自然哲学は、自然界の諸事物と人間本性を有機的に連関させる詩の働きを確信させた点で、ウーレンスレーヤの芸術的成長に決定的な推力を与えました。しかしながら、ウーレンスレーヤからみればステッフェンスもまた自然から切り離された観念世界の限界を超えることのできない内省家である点で、みずからの芸術の理解者としては不満の残る相手と見えたようです。『千夜一夜物語』に題材を仰ぎ、「黄金の角杯」と同時期に発表された詩劇『アラディンAladdin』は、東方のイスファハーンに舞台をとりながら、同時代のコペンハーゲンの文学状況、とりわけウーレンスレーヤ自身とステッフェンスやバゲセンのようなドイツ思想に親和的な先行世代との関係を強く反映した作品です。

子どものように純粋無垢なアラディンは、知恵者のヌレディンの助言にしたがい洞窟に潜入し、あらゆる願いを叶えてくれる魔法のランプを手にします。ひとたびランプをヌレディンに奪われますが、ランプの精霊はアラディンの純真な魂にしか従うことはありません。アラディンはみずからの本性に導かれるままランプを取り戻し、精霊に命じて魔法の城を得て、恋人グルナーと幸福な人生を送ります。

ランプの精霊こそロマン派の理想とする天才的詩情のメタファーであり、これを馳駆するアラディンは「自然」から直接インスピレーションを承ける天与の才能を体現しています。また、貧しいアラディンに富をもたらす精霊は、個人の才覚と契約関係次第で極端な階級移動を可能にする近代資本主義の魔力をも象徴しています。

本性の赴くところを疑わず、自然の諸力を味方につける幸運児を文学的に理想化し、ヌレディン型の理知を詩心の障害として否定的に描くことで、このドラマはその後のデンマーク文学における純真性優位の方向を決定づけました。作品が打ち立てたドグマは同時代の文学状況の価値規範を決定づけ、ステッフェンスやバゲセン、イーヴァル、シャク・フォン・スタフェルト(Schack von Staffeldt 1769-1826)のようなドイツ語圏の影響下から出発した思想家や詩人は周縁に追いやられることになります。

「黄金時代」の後期に出発したアンデルセンはウーレンスレーヤに熱狂的に憧れ、彼からの評価をたえず気にかけていた様子が自伝からも窺われます。最初の童話集(1835年)の劈頭を飾る『火打箱Fyrtøjet』は、主人公の兵士が魔女から強奪した火打箱を使って目玉の大きな犬たちを呼び出し、その力を借りて金もお姫様も思いのままに手に入れるお話で、『アラディン』に範をとった作品ともいわれます。

ウーレンスレーヤもアンデルセンも、自然の諸力と契約を結ぶことで運命を切り開いていく物語を創造した点で、個人の才覚や幸運によって駆動される楽観主義の体現者であり、近代市民社会が待望する物語を用意したといえます。ただし、世代的に遅れて登場したアンデルセンは、19世紀中葉に差しかかって資本主義の矛盾に直面し、ウーレンスレーヤ以来の「幸運児」像の改変に迫られます。『火打箱』から11年後に発表され、2年後童話集に収められた『マッチ売りの少女Den lille Pige med Svovlstikkerne』は、幸福をもたらすマジックパワーとは無縁の無産階級に光を当てた作品です。聖夜の街頭で誰にも顧みられず永遠の眠りにつこうとする少女。その目蓋に幸福な幻想を描き出す燐寸の灯は、アラディンのランプと兵士の火打箱に連なる無垢なる子ども心の媒介であると同時に、工業化社会の生み出した貧困の象徴でもあります。

近代世界の遍歴へ乗り出した矢先にユダヤ人迫害の光景を目撃したアンデルセンは、その後も19世紀ヨーロッパの生み出すさまざまな矛盾に直面しながら、独自の作品世界を生み出していきます。次回は、アンデルセンと外国の関わりについて、彼の南欧旅行の経験を元にお話しすることにしましょう。

 

参照文献

参照文献

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著者紹介 / 奥山裕介(おくやま ゆうすけ)

1983大阪府生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。デンマークを中心に近代北欧文学を研究。共著に『北欧文化事典』(丸善出版、2017年)、訳書にマックス・ワルター・スワーンベリ詩集『Åren』(LIBRAIRIE6、2019年)がある。2021年には、イェンス・ピータ・ヤコブセン『ニルス・リューネ』(幻戯書房)を刊行予定。