フィンランド語探偵ハンナ 第3回

Päivää(パイヴァー)!こんにちは!
フィンランドと言えば有名なのはムーミンだけど、原作はスウェーデン語で書かれたって知ってるかしら?そして、日本で親しまれているキャラクター名はフィンランド語だと全然違う場合があるのよ。スナフキン=Nuuskamuikkunen(ヌースカムイックネン)とか。
余談はこれくらいにして、今日もフィンランド語の謎を解明しなくちゃ。ハンナならどんな難題も解決できるんだから!

さて、3人目の依頼人は、北欧の教育に興味がある大学院生のカナさんよ。

🔎Case #3:『行方知れずの原形―KPTの暗号』

ハンナ:こんにちは。今日はどんなご依頼かしら?
カナ:私は今、大学院生なんですけど、北欧の教育をテーマに修士論文を書きたいと思っています。先行研究の多くは英語ですが、フィンランド語で書かれた先行研究も少し読んでおきたいので、勉強しながらちょっとずつ読んでいます。
ハンナ:フィンランド語の勉強を始めたばかりなのに、論文を読むなんて大変ね。
カナ:そうですね。周りにはフィンランド語のわかる人がいないので、辞書とにらめっこで。自分一人では限界があります。
ハンナ:先日の依頼人もそんなことを言ってたわ。
カナ:そうですか。独学の人って結構いるんですね。それで今日は、この単語の原形を見つけたくてハンナさんをお訪ねしました。
(ハンナにメモを渡す)


ハンナ:このアンダーラインの単語?
カナ:そうです。kirkossa(キルコッサ)の最後のssaは「~の中に」という意味を表す語尾、で合ってますか?
ハンナ:ええ、その通りよ。
カナ:これは文の一部ですが、lapset ovat kirkossaを訳すと「子供たちは???の中にいる」となるんでしょうけど、辞書でいくらkirkoという単語を探しても見つからないんです。それなりの語数がある辞書なのに・・・ハンナさん、この謎が解けますか?

ハンナ:トタ、トタ*¹・・・わかったわ!
謎を解くカギは「最後のK」よ!

カナ:最後のK?あの~、全く意味がわかりません・・・。
ハンナ:入門者なら無理もないわ。
フィンランド語の名詞に、日本語で言う助詞みたいなものがくっつく*²っていうことはわかってるわよね?
カナ:はい。kirkossaのssaですね。
ハンナ:そう。そして、名詞の変化形の一部は、語尾がつく直前の子音が変化することがあるの。それも、K, P, Tのどれかがある場合。
カナ:ええ?!
ハンナ:このルールを全部説明すると余計な混乱を招くだろうから、今はカナさんの依頼内容、kirkossaについて説明するわね。
カナ:あ・・・はい。
ハンナ:結論から言うと、これは「教会」を意味するkirkko(キルッコ)という単語にssaという語尾がついたものよ。語尾がつく直前の子音がkk、つまりKが2つある名詞の場合、語尾をつけるとKが1つ消えてしまうの*³。

カナ:へえ~。だから原形が見つからなかったのか。でも、なぜこんな変化が?
ハンナ:発音しやすいように音が変化したと言われているわ。kirkkossa(キルッコッサ)よりkirkossa(キルコッサ)の方が言いやすいでしょう。
カナ:う~ん、そう言われればそうかも。
ハンナ:kirkko → kirkossaのような、K, P, Tにからんだ音の変化を子音階程交替とかKPT交替っていうのよ。
カナ:シインカイテイコウタイ・・・聞いただけで難しそうですね。
ハンナ:語尾がつく直前のKPTに注意!と覚えればいいのよ。根気よく慣れていくのが最善の方法。
カナ:フィンランド語って本当に「世界一難しい言語」かも知れませんね。でも、論文を書き上げるために頑張って読みます!ハンナさん、ありがとうございました!

謎は解決!次はどんな依頼が舞い込んでくるかしら?次回もお楽しみに!


*¹ トタ(tota):日本語の「えーっと」に当たる語tuota(トゥオタ)のくだけた発音
*² 専門用語では格変化と言います。
*³ このような変化が起こらない語尾もあります。

フィンランド語探偵ハンナ 第2回

Päivää(パイヴァー)!こんにちは!
最近は忙しいからか、サルミアッキ*¹にいつもより手を出してしまうの。食べ過ぎには注意しなくちゃ。
今回も、フィンランド語に関する謎を解き明かしていくわ。ハンナならどんな難題も解決できるんだから!

さて、2人目の依頼人は、語学を趣味にする会社員のケンタさんよ。

🔎Case #2:『コーヒーは飲まれない』

ハンナ:こんにちは。今日はどんなご依頼かしら?
ケンタ:自分で言うのもなんですが、僕は語学オタクで、つい最近フィンランド語を勉強し始めました。難しい文法があるほど、何かこう、燃えるというか・・・。
ハンナ:お仕事しながら語学が趣味だなんて、私も見習わなきゃ。
ケンタ:いや~、そんな大したことじゃないですよ。独学なので、適当に買った参考書やオンライン辞書で勉強しているんです。そうすると、一人じゃ解決できない問題に出くわしてしまいます。
ハンナ:なるほどね。
ケンタ:今日の依頼はこれです。まず、これは参考書の記述なんですが・・・。

 

ハンナ:受動形が理解できないの?
ケンタ:いいえ、ここまではわかります。日本語にも英語にも受身の形はあるし。問題はここからです。
僕は学習歴1ヶ月ですが、無謀にもフィンランド語で書かれた絵本を読んでるんです。児童書なら辞書を引きながら読めるかなと。でも、そこにあった会話がよくわからないんです。

ケンタ:(2)のjuodaan(ユオダーン)は(1)と同じで、juoda(ユオダ)「飲む」の受動形ですよね。(2)を訳すとすれば、「コーヒーが飲まれる!」ですが、何だかおかしい気がします。
(3)はさらにわかりません。オンライン辞書で調べたら、mennään(メンナーン)はmennä(メンナ)「行く」の受動形とありました。とすると、(3)の意味は「はい、行かれる!」???
ハンナ:会話の解釈で悩んでしまったのね。
ケンタ:おそらく単純な会話だと思うんですが、独学の僕はつまずいてしまって・・・。ハンナさん、この謎が解けますか?

ハンナ:トタ、トタ*2・・・と考えなくてもすぐにわかったわ!
謎を解くカギは「受動形の使い方」よ!

ケンタ:使い方?受動形は受身を表すんでしょう?
ハンナ:もちろん。でも、それだけじゃないの。
フィンランド語の受動形は、(1)みたいな受身としてだけでなく、「~しましょう」という誘いかけの意味で使われる場合があるの。
ケンタ:えーっ!受身の形が?
ハンナ:そう。(2)のjuodaanは「飲みましょう」という意味。つまり文全体の意味は「コーヒーを飲もう!」。
そして(3)のmennäänは、もうわかるわよね?
ケンタ:・・・「行きましょう」?
ハンナ:そう!(3)の意味は「うん、行こう!」ね。
ケンタ:なるほど!どうりで話がつながらなかったわけだ。
ハンナ:本来、「~しましょう」は命令形で表していたんだけど、今はほとんど使われていないわね。命令形の誘いかけはかなり古めかしい印象を与えてしまうかも。日本語で言うなら「コーヒーを飲みましょうぞ」みたいな。
ケンタ:ははは、何だか時代劇みたいですね。
ハンナ:日常会話では、誘いかけとしての受動形をたくさん耳にするわよ。
ケンタ:いずれ、フィンランド人の友達を作って「コーヒーを飲みに行こう!」とか受動形で言ってみたいな。モチベーションがまた上がりました!
ハンナ:フィンランド語を好きになってくれてるみたいで嬉しいわ。その調子で頑張って!
ケンタ:はい。ハンナさん、ありがとうございました!

謎は解決!次はどんな依頼が舞い込んでくるかしら?次回もお楽しみに!


*₁ サルミアッキ(salmiakki):甘草(カンゾウ)や塩化アンモニウムで作られた、独特な味のするキャンディー。フィンランド人の嗜好品
*² トタ(tota):日本語の「えーっと」に当たる語tuota(トゥオタ)のくだけた発音