フィンランド語探偵ハンナ 第7回

Päivää(パイヴァー)!こんにちは!

フィンランド語は日本語と似た発音が多くて、時々日本語みたいに聞こえる単語もあるの。“ウニ”(uni:「夢」)、“スシ”(susi:「オオカミ」)、“ハナ”(hana:「蛇口」)とか。最近私が気づいたのは“アンタカー!”(antakaa:「~を与えてください」)。何だか怒られてるみたいね。

さて、今日もフィンランド語の謎を解明しなくちゃ。ハンナならどんな難題も解決できるんだから!

7回目の依頼人は、フィンランド人の友人を持つサヤカさん。今回は文法の話じゃなくて、とある単語の話よ。

🔎Case #7:『そこにアイはなかった』

ハンナ:はじめまして。今日はどういったご相談かしら?

サヤカ:えっと、私は出版社に勤めているんですけど、大学時代に短期研修でフィンランドに行ったのがきっかけで、フィンランド人の友人がいます。アンナって言うんですが、昨日彼女とビデオチャットをしました。

ハンナ:いいわね。お友達とはフィンランド語で話すの?

サヤカ:まだまだ勉強中なので、簡単な会話だけフィンランド語でするようにしています。それで、今回はどうにもわからない謎に遭遇してしまって。

ハンナ:謎、というと?

サヤカ:ビデオチャットの時、私もアンナも互いの自宅にいました。おしゃべりしていたら、画面の端っこにちょっとだけ男性が映ったので、「誰?」と聞きました。するとアンナは「彼は私の配偶者よ」と答えました。結婚したなんて話は聞いたことがなかったので「いつ結婚したの?」と聞くと「夫じゃなくて配偶者よ」と言うんです。訳がわかりません。もう一度確認しても同じでした。

ハンナ:うん?確かにわからないわね。その会話、フィンランド語でしていたんでしょう?ここに、その時のことをよーく思い出して、フィンランド語で書いてくれない?

サヤカ:わかりました。えーと、確か・・・

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ハンナ:アンナさんは確かにこう言ったのね?

サヤカ:はい。「夫」を意味する単語が2種類あるというのは知っています。アンナの2番目の言葉にある単語から「私の」に当たる語尾*1を除いて言うと、mies(ミエス)が「夫」、avomies(アヴォミエス)が「男性の配偶者」という意味ですよね。だとしたら、アンナの言ってることは全くわかりません。アンナも私をからかうように「サヤカの勉強になるから自分で解決してね」と言う始末で。その上「もう出かける時間だからまたね」とチャットを終了してしまって、詳しい説明をしてもらえませんでした。それからこの謎が気になって仕方なくて。ハンナさん、この謎が解けますか?

ハンナ:トタ、トタ*2・・・わかったわ!

謎を解くカギはi(アイ)の存在」よ!

サヤカ:“i”?スペルってことですか?

ハンナ:サヤカさん、あなたはちょっとした勘違いをしているわ。それが大きな誤解につながってしまったのね。この2つの単語をよく見て。

aviomies(アヴィオミエス) ― avomies(アヴォミエス)

サヤカ:え?これって同じじゃ・・・?

ハンナ:やっぱり勘違いしてたのね。左のaviomiesは「男性の配偶者」という意味。右のavomies、つまりアンナさんが言ったのは「男性のパートナー」という意味だったのよ。配偶者とパートナーの違いはわかるわよね?

サヤカ:ええ、事実婚の相手ですよね・・・あっ!途中にiがあるかないかで意味が違うってことですか!

ハンナ:その通り。サヤカさんはavomiesをaviomiesの省略形か何かだと思っていたんじゃない?

サヤカ:そうです!フィンランド語は音を省略することが多いので、話し言葉の形なのかと・・・な~んだ、紛らわし~い!!

ハンナ:「i(アイ)がある方=“aviomies”が結婚相手」、と覚えたら?まあ、結婚していてもしていなくても相手にアイ(愛)はあるけどね!

サヤカ:あはは!ハンナさんおもしろーい!謎が解けてすっきりしました。また何かあったら相談させてください。ありがとうございました!

 

謎は解決!次はどんな依頼が舞い込んでくるかしら?次回もお楽しみに!

 

*1 「私の」を表すには名詞にniという語尾をつけます。この時、名詞の形も少し変わることがあります(mies「夫」→ mieheni「私の夫」)。

*2 トタ(tota):日本語の「えーっと」に当たる語tuota(トゥオタ)のくだけた発音

 

フィンランド語探偵ハンナ 第6回

Päivää(パイヴァー)!こんにちは!

日本は今年も暑い夏だったわね。フィンランドも近年は30℃を超える日が結構あるみたい。気温は日本の方が断然高いけど、フィンランドは電車や公共施設にエアコンがないところが多いから、日本より辛いかもね。ちなみに、フィンランド語で「暑い」はkuuma(クーマ)。25℃以上になると「猛暑」に当たるhelteinen(ヘルテイネン)と言うこともあるの。日本だと25℃は快適な気温なんだけどね。

さて、今日もフィンランド語の謎を解明しなくちゃ。ハンナならどんな難題も解決できるんだから!

さて、6回目の依頼人は、第1回で登場したユミコさんよ。

🔎Case #6:『オブジェクトNの変身』

ハンナ:こんにちは、お久しぶりね。元気にしてた?
ユミコ:はい。あれから本格的に留学の手続きを進めています。この前、夏休みを利用してフィンランドへ短期の語学研修にも行きました。
ハンナ:そうだったのね。じゃあ、フィンランド語にちょっとは慣れてきたかしら?
ユミコ:ちょっとずつですけど。研修の時に一般家庭にホームステイをさせてもらっていたんですが、今日はその時に浮かんだ疑問を解決したくて伺いました。
ハンナ:なるほど。どうしたの?
ユミコ:ホストファミリーとの会話で、どうしてもわからない表現の違いがあって・・・
(ハンナにメモを渡す)

ユミコ:(1)はホストファーザーが洗車を終えて家族に言った言葉です。「車を洗ったよ」という意味ですよね?
ハンナ:その通りよ。
ユミコ:でも、ホストファーザーが洗車している時に私が用事で話しかけたら、「(今は)車を洗っているから後で行くよ」みたいに言われたんですけど、その時に出たのが(2)の文です。(1)のauto(アウト)「車」にくっついてるnは日本語で言う「を」みたいなものだと思っていたんですが、(2)のautoにはaがついています。どちらも「車を」じゃないんですか?同じものを洗っているのに、なぜ「を」を意味する形が違うのでしょう?
ハンナ:この前は2つの「赤い」*¹で、今度は2つの「車」で悩んでいるというわけね。
ユミコ:そうなんです。ハンナさん、この謎が解けますか?

ハンナ:トタ、トタ*²・・・わかったわ!
謎を解くカギは「objekti(オブイェクティ)のN」よ!

ユミコ:オブイェ・・・?何ですかそれ?
ハンナ:ああ、ごめんなさい。ちょっとカッコつけてしまったわ。objekti(オブイェクティ)というのは、「目的語」を意味するフィンランド語よ。英語だとobject(オブジェクト)。ユミコさん、目的語ってわかるかしら?
ユミコ:はい!動作を受ける対象、例えば「私はパンを食べる」の「パンを」ですよね?
ハンナ:そうよ。(1)のように、「洗う」という動作を受けるのは「車」、つまりautoは目的語だから、それを示すnがついている。ここまでは理解できてるのね。じゃあ、(1)の時、車はどういう状態だった?
ユミコ:え?もちろん、洗い終わってきれいな状態でしたよ。
ハンナ:そうでしょうね。つまり車全体に「洗う」という動作が行われた状態。じゃあ、(2)の時、車はどういう状態だった?
ユミコ:ホストファーザーが洗っている途中だったから、部分的にはきれいだけど、おそらく汚れはまだ残っていたと思います。
ハンナ:そう、そこなのよ。(2)の場合、車を洗っている途中で、車全体には「洗う」という動作が及んでいないとも解釈できるわよね?
ユミコ:うーん、そうですけど、それがどう結びつくんですか?
ハンナ:ユミコさんは、目的語にはいつもnがつくものと思っているようだけど、動作がどのように行われているかで、nが違う形になることがあるの。(1)は「車全体を洗い終わった」からautoにnがつくんだけど、(2)は「洗車の途中で、まだ全体を洗い終えていない」からautoにはnがつかなくて、代わりにaという形がつくの*³。
ユミコ:へえー!じゃあ、nとaは動作の進み具合の違いを表すってことですか?
ハンナ:そう!目的語につくnって、実は他にも条件があるの。おっと、次の依頼人が来る時間だわ。またの機会に話すとするわね。
ユミコ:またわからないことがあったら相談させてください。同じものに対する2つの表現で悩まなくなるよう、今後も勉強がんばります。ハンナさん、ありがとうございました!

謎は解決!次はどんな依頼が舞い込んでくるかしら?次回もお楽しみに!


*1 「フィンランド語探偵ハンナ」第1回を参照
*2 トタ(tota):日本語の「えーっと」に当たる語tuota(トゥオタ)のくだけた発音
*3 文法用語ではnは対格形、aは分格形と言います。分格形は名詞の音によってa以外にも種類があります。